ロックンロールを世に広めた、白人初のロック・スター、
エルヴィス・プレスリー。
エルヴィスの歌う姿に世界中のティーンエイジャー達は
熱狂し、多くの若者たちにロック・ミュージックの魅力を伝え、
たくさんの少年たちがギターに憧れるようになった。
莫大なセールス、巨大な影響力などから
史上最高のアーティストとも言われている。
ただし、エルヴィスの名曲のほとんどは提供されたものであり、
エルヴィス自身には作詞・作曲の才能はそれほどなかったため
、エルヴィス・プレスリーを音楽家として携えるのは難しい。
だが、ステージでのエルヴィスは
エンターテイナーとしてカリスマ的存在であった。また、映画界へも進出し
、数多くの作品に出演した。
エルヴィス・プレスリーは50年代最大のスター。そして
ロック界最大の英雄だ。
エルヴィスの始まり
エルヴィス・プレスリーは、1935年1月8日ミシシッピ州テピュロで
誕生した。
10歳前後からギターを弾き始め、高校卒業後は仕事をしながら
歌手を目指す。そして、サン・レコードのサム・フィリップス
とマリオン・ケイスカーに見出され、1954年、エルヴィスは
"ザッツ・オール・ライト"でデビューした。
エルヴィス・プレスリーの栄光
エルヴィス・プレスリーは1955年の末にRCAレコードに移籍した。
そして1956年、自殺者からヒントを
得た感情的な歌詞がメロディに
乗る"ハートブレイク・ホテル"が
若者たちに共感を得、全米1位を8周連続で記録。
ロックンロールを白人の青年が腰をくねくねさせながら
歌う姿に社会は衝撃を受け、エルヴィスは
一気にティーンエイジャーのアイドルと化した。
彼らの親の世代は悲鳴を上げたが、エルヴィスの
勢いは止まらなかった。
また、この頃から映画に出演し始め、
最終的には生涯で32本の作品に主演することになる。
エルヴィスはその後、
"監獄ロック""ハウンド・ドッグ"
"ラブ・ミー・テンダー"
"好きになれずにいられない"などの名曲が大ヒットを記録し、
生涯に18曲のビルボード・ナンバー1を獲得することになる。
軍隊、結婚と離婚
エルヴィス・プレスリーは1958年に徴兵通知を受け、
通常の兵士として西ドイツで勤務し、
1960年3月5日に満期除隊した。
1967年にプリシラ・アン・ボーリューと結婚し、翌年には
娘のリサ・マリー・プレスリーが誕生。
しかし4年後に離婚した。
60年代後半から70年代のエルヴィス・プレスリー
1969年から本格的にコンサート活動を再開。
70年代に入り、ラスベガスでの公演や全米ツアーで超一流のエンターテイナー
ぶりを発揮する。
ビートルズなどの登場で全盛期ほどの人気はなかったが、
それでもコンサートをし続け、アルバムを何度もリリースした。
しかし、1977年8月16日、心臓発作で死亡した。42歳の若さだった。